Portraits

些細な会話の中での忘れられない言葉がある。今では親友のように仲良くしている人から言われたのだが、その時はまだ会って4,5日しか経っていなかった。僕らは共通の知り合いの声掛けで、仕事のような遊びのような旅行をしていたのだ。もちろん僕の仕事は写真を撮ること。瀬戸内の島々をカヤックと車で旅していた。

『あんた人が好きやろ。』大阪人の彼はこう言った。どんな会話をしていたのか、その前後の部分は全く覚えていない。ただ、そう言われたことだけを鮮明に覚えているのだ。

自分は比較的孤独な人間だと思っていた。それは友達が少ないとか人付き合いが苦手だという事ではない。単純に一人でいる時間が好きで、寂しくなったり人恋しくなったりする事もないのだ。一人旅も大好きで、アメリカに留学していた頃は頻繁に2,3週間の一人旅に出ていた。

でも、彼にその言葉を言われた時、特に気に留めるようなコメントではないのに、どこか不意に図星を突かれたような気持ちになってしまったのだ。もしかしたら人の存在を必要としている自分を認めたくなかったのかもしれない。でも、言われてみれば確かに僕は人が好きなのだと思う。しかし、それが何故だか分からないし、同時に孤独好きな自分がいることも確かだ。

僕は子供の頃に良く引越しをした。しかも、それは日本とカナダ・アメリカという全く違う環境を行き来するような生活だった。もしかしたらそれぞれの新しい環境の中ですぐに友達になってくれる人間とその心に深く感謝する事を覚え、同時に一人でいても自分を楽しませる術を身に付けたのかもしれない。無駄な心理分析はともかく、彼にその言葉を言われた時、どこか開き直ったような気持ちになれたのだ。そして、純粋に嬉しかった。

それぞれの道を歩んでいる人達の人生が何かの繋がりや偶然で僕の人生と交差する。そこで得た出会いと、その人の存在がとてもありがたいのだ。疎遠になってしまったり、親友になったり、その後の関わり方は様々だけど、その時に共有した時間は大切な思い出であり、自分にとっての宝物だ。だから、その時間の中でシャッターを切りたくなってしまうのは僕にとってはストレートな愛情表現であり、当たり前の事なのである。

カメラを向けた時、被写体に対する僕の感情は言葉や仕草を通して相手に伝わる。向こうは僕が投げたそのボールを受け止め、今度はそこに自分の感情を乗せて投げ返してくる。そんな感情のキャッチボールから生まれた空気の中で、僕から見た相手、そして逆に僕の事を見つめる相手が写真に収められる。だから撮れた写真には被写体だけではなく、撮っている僕自身も写っているのだ。

ここに写っている人、そして展示できなかったけど写真を撮らせてもらった人、全員にこの場を借りて心から感謝を申し上げたい。

本当に、ありがとう。



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